Q:なぜ行政書士で起業したのか?少し書きながら整理してみます。
≡目 次
1.人生をサッカーのゲームに例えると
2.高校サッカー監督をやって気づいたこと
3.育成への情熱が法律の世界へ導いた
4.日本で唯一?(教員・高校サッカー監督歴)37年×行政書士
1.人生をサッカーのゲームに例えると
私にとって、60歳からがあと何年あるかわからない⁈けど、これまでが前半戦で残りの人生が後半戦という感覚です。勿論、日本人の男性健康寿命は72.57歳(2024.12)だから、後半は言い過ぎで、アディショナルタイムか延長戦かもしれない。
ただ、やってきたことやできることはさほど違いはないので、特に自分の肩書きが変わったことへの新鮮さは楽しいです!
2.高校サッカー監督をやって気づいたこと
高校サッカー監督は「社長」だった?!培われた起業家マインド
私は教員人生のほぼすべてを高校サッカー監督として過ごしました。高校サッカー監督という役割は、ただの部活動の顧問ではありませんでした。
意思決定:プロの指導者同様に、チームの方針や戦略を決定する。学校なので選手たちの意思も尊重しながら決断する。
組織運営:学校内外のスタッフをまとめ、連携を図る。ポジションごとや個性(学年や特長等)に応じてグループを編成し、チームが変わってもパフォーマンスを維持させる。
責 任:目の前の子どもたちを将来へとつなぐ責任を負う。競技の結果だけの責任ではダメで、活動自体の楽しさややりがい、進路の確保まで伴走する。指導という行為は教師の責任、大人としての責任、人の人生への責任を負っている。
振り返れば、これはまるで個人事業主、すなわち「社長」(経営者)のような役割でした。知らず知らずのうちに、困難な状況でも「成し遂げるというマインド」を持ち続けることができたのだと思います。
還暦を過ぎて起業することに何の障壁も感じませんでした。むしろ、社会が定年延長に進む中でこれまでと同じ環境で働き続けるという感覚の方が私には大きな壁に感じられたのです。
3.育成への情熱が法律の世界へ導いた
周囲の人たちに恵まれて、全国大会に約20回出場することができました。しかし、選手の育成環境は常に変化し、地方での選手育成は決して簡単ではありません。
私はある時、こう腑に落ちました。最高の育成は、3年間で無理に成果を出すことではなく、幼少期から高齢者に至るまでのライフステージ全体を見据えた仕組みづくりが必要だ。
私の地元では、他競技に比べてフットボールの競技力という点でその改善が急務でした。そのために社会や改革手法を深く知る必要がある。そこで出会ったのが行政法規だったのです。
育成環境の改善という目標に実現にはスポーツ施策を法律に基づいて改革する必要があります。そして、それを実現できるかもしれない行政書士資格を取ろうと思いました。
4.日本で唯一?(教員・高校サッカー監督歴)37年×行政書士
元県立高校保健体育教員、そして高校サッカー監督歴37年。このキャリアを持つ行政書士は、おそらく現在日本で私一人ではないでしょうか⁈
新米行政書士として、活動は始まったばかりです。土のサッカーグラウンドで培った情熱と成し遂げるマインドを胸に、地域の「人づくり」や「仕組みづくり」をサポートしていきます。